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2012.03.21 Wednesday

水害の歴史と治水工事

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    「日高村の歴史は水害の歴史」言われるように、私たちの祖先の血と汗の闘いの後が刻み込まれています。
    日高村に大きな被害をもたらした昭和50年の5号台風
    1975年(昭和50年)8月17日、5号台風が日高村を襲う。
    被害の大きさは、死者25名、負傷者37名、家屋の被害(全壊、半壊、床上浸水など)1915件。
    翌76年にも17号台風で日高村は浸水などの被害が出ました。
    災害から命とくらしを守るために、調整池や放水トンネル、神母樋門などの整備が進められました。



    日下川放水路
    地図

    S57年2月に130億円の巨額費と5年間の歳月を要して完成した「日下川放水トンネル」は、毎秒130トンの最大通水能力があります。
    この「日下川放水トンネル」の完成後、日高村では大きな水害は起こっていません。





    神母樋門(いげひもん)
    地図

    仁淀川の水が、洪水の時に逆流しないように樋門をつくってきたが、人々の努力の甲斐もなく、大水の度に流され、何度となく作り替えられました。

    S38年 台風9号来襲で神母樋門が大破
    S40年 神母樋門改修補強工事竣工
    S47年 台風9号で神母樋門が故障、100ha冠水
    S62年 神母樋門改築工事竣工

    日下川調整池
    地図

    日高村は、役場付近の海抜は20m弱ですが、最も低い地帯が「日下川調整池」一帯です。
    もともとは、少しの雨でもすぐ浸水するという、湿地帯でしたが、現在では約14ヘクタールの県内最大級の内陸型湿地と言われており、動植物の宝庫として有名です。




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